リタとレイヴン。
レイヴンが眠りこけている話。
文章を書く練習を兼ねているので、そのうち書き直すかもしれません。
三秒後に青い顔
「シュ・・・レイヴン殿が、この頃おかしいのだ。」
月一の定期検診に全く顔を見せない中年にいらついてたアタシのもとにやって来たのは、中年は中年でも違う男だった。
この真面目そうな男(確か、ルブラン、とかいったっけ)の深刻な顔を見るに、ちゃらんぽらんな方の中年がなぜここに来ないのかが容易に想像できた。
「・・・魔導器の不調なの?」
確信だが、あえて疑問形にする。できれば否定してもらいたいからだ。
それでもやはり、ルブランは重々しく顔を縦に振った。
あのおっさんは! と憤慨してみるが、アタシが必要な時にこそ避けることをよく知っている。そういう男なのだ。
心配をかけたくない、自分の寿命をアタシに知られるのが怖い、そんなこと知ったことか。それがどれだけ仲間達に心配をかけ、恐ろしい想いをさせているのかわかっちゃいない。
「それで、どんな症状なわけ?」
場合によっては騎士団に知らせ、ここまであの男ーレイヴンを連行してもらう。何故かアタシがそう言えば騎士団は言うことを聞くのだ。それだけレイヴン・・・シュヴァーンは慕われているということなのだろう。
「この頃、睡眠をとられることが多いのだ。不自然なほどに。」
過去、シュヴァーンはあまり睡眠をとるタイプの人間ではなかった。レイヴンだってそうだった。寝ているように見えて、神経の一部は起きていて、無用心に近づこうものなら小刀を手に飛び起きることもあった。
それが、この頃、仲間の前では熟睡するようになった。それは喜ばしいことだ。信頼されているということだから。
なのに、ルブランは「不自然なほど」と形容する。
「お疲れなのだろうと思ってあまり気にしていなかったのだが、最近は揺り起こしても無反応な時がある。それも頻繁に。酷い時は丸一日目を覚まされないこともあるのだ。……我々はレイヴン殿の魔導器についてはあまりにも無知で、こんな時どうすればいいのかわからんし、無理に移動させることもできん…。できれば診に来て下さらんか。」
言われなくても、と返事するが、帝都まで行くのは気が進まない。
アタシがわざわざ出るのも億劫ではあるが、それよりもまず帝都では設備が足りない。足りない、というよりは自分の使い込んだ機材を持ち込めないと言った方が正しい。
…機材は腐るほどある。
シュヴァーンが、道具にされた場所なのだから。
なるほど、男はよく寝ていた。
ルブランはコレを見計らってアタシを呼んだのだろう。
とりあえず簡単に心臓魔導器を診てみるが、いつも通りの術式のズレしかない。もっと詳しく調べなければ。
「ちょっとあんた達、ここでグースカ寝てるおっさんを運んで頂戴。」
騎士達にぞんざいな言葉をかける。イライラしている、ただでさえ人付き合いが苦手なのだ。これくらいは我慢してもらおう。
ゆっくり、なるべく揺らさないように、一人の騎士がレイヴンを抱きかかえる。
いくら繊細な手つきとはいえ、常のレイヴンなら絶対目を覚ますだろうが、起きない。
(こりゃ相当ね。)
「モルディオ博士、どちらへ運べば?」
「地下…アレクセイの私室から繋がってる研究所よ。」
できればあそこには入りたくないのだが、そうも言ってられない。
初めて入った時は吐き気がした。
たくさんの魔核。血の匂い。散らばった書類に書かれたモノ。
傍にいたおっさんが穏やかな顔をしてるのが許せなくて、回し蹴りを食らわせたくらいだ。
でも流石に騎士団No.1が作った研究所だけあって設備は十分。初めて使うものもある。
(…これを少しでもアスピオに分けてくれてれば)
星喰みのことをもっと早くに知れたかもしれない。
ふとそんなことが頭をよぎるが、それよりもまずやらなければいけないことがある。
おっさんを寝台に置いて、術式パネルを開いた。
「…ほへぁ?リタっち?」
カーテンが風に吹かれてさわさわと揺れている。
傾きかけた陽の光が、丁度よく部屋を暖めていた。
全ての検査を終えてもまだ眠り続けているおっさんをシュヴァーンの部屋に戻してから2時間ほど。
「…おっさん、アタシに謝らなきゃいけないことがあるでしょ。今なら言い訳聞いてあげるわ。」
男は惚けた表情のまま、何が起こっているのかわからない様子だったが、しばらく無言で睨んでやれば状況がわかったのか途端にうろたえだした。
「え、えー…と、ごめんっ!」
がばっと起き上がり、頭の上で必死に手を合わせる。
30過ぎのおっさんがやる行為ではないが、それくらいでアタシの怒りが収まるわけがない。むしろ、このおどけた行動が余計に苛立ちを増幅させた。
「何でだまってたの。」
男から視線を一度もそらさずに冷たく言い放つ。これくらい虐めたって罰は当たらない。むしろ当たるならこの男の方だ。
「だ、だって…」
おっさんちょっと疲れてて、ほら、リタっちも、エアルからマナへの移行作業の云々で忙しいでしょ、そんな時に呼びつけたら大変じゃない。それにちょっと眠たいだけだし、時間経てば起きるし、別に苦しいわけじゃないし。それに…
ぐだぐだとそれらしい理由を挙げてはいるが、要するに足手まとい、面倒くさい奴だと思われたくないのだろう。
まだそんなことを思っているのか。10年みっちり叩き込まれた道具としての頭脳がそうさせるのだろうか。
そう思うと今は亡き紅目の男が憎くて憎くてたまらなくなる。この負の感情はレイヴンの魔導器を診るたびに溢れて、彼を悲しくさせてしまう。
それがわかっていても抑えられるほどアタシは大人じゃなかった。
「リタっち、ごめんね。また嫌な思いさせちゃって…ほら、おっさんはもう全然元気よぉ~!」
「…生命力の急激な低下。」
「へ?」
「極度のストレス。体調の悪化。睡眠不足。…これらが全部重なったことによる魔導器の出力低下、それに伴う免疫力の低下、加えて体力の低下。それを補うための強制睡眠。」
私の言葉が続くごとに男の顔に冷や汗が垂れる。
…自覚済みってことね。
「これらは別に魔導器が要因の異常じゃないわ。アタシが言いたいこと、わかる?」
「おっさん働きすぎってことー?やーね全く、みんな老体を労わらないんだから。まぁそれだけおっさんがモテモテってことでいいことだけ…」
「ふざけてんじゃないわよ」
声が震える。こいつがこういう性格ってこと、熟知してるはずなのに怒りに震える体を抑えられない。
「あんた、自殺するとこだったのよ!!」
視界がぼやける。ああもう、順序良く言葉をつなげられない。怒ったって無駄だって、こいつはこーいう奴なんだって、わかってる、わかってるけど!
「あんたの命はあんただけのものじゃない!使い捨ての道具でもない!わかってんの!?」
温いものが目から零れる。一瞬視界がクリアになる。映るのは、呆気にとられた、でもどこか嬉しそうな男の顔。すぐにまた視界がぼやけて、何を見て、何を叫んでいるのかわからなくなる。
袖口で乱暴に目じりをこすると、男の腕が伸びてきた。「そんなにこすると腫れちゃうわよ」なんて、誰のせいだと思ってんのよ。
どこから取り出したのか上等なハンカチで私の涙を拭く。悔しい。こいつはこんなに大人なのに、なんでアタシの気持ちがわかんないの。
「…ちょっと、無理しちゃったかな、って思ってたのよ。…でもこれくらいなら大丈夫かなって放っといちゃったのね。ごめんね、リタっち。もうこんな無茶はしないから、泣かないで。」
体温の低い掌がアタシの頭をぽんぽんと優しくたたく。
「おっさんの命は凛々の明星…いや、みんなのもんだからぞんざいに扱っちゃ勿体無いもんね。」
「…わかってんじゃないの。」
そりゃあ俺様物分りのいいナイスガイだからぁ~?なんていつも調子でおどけてくる。
ばかっぽい、とアタシもいつもの調子で返してやる。
「物分りのいい俺様に免じて、今回のことは皆に内緒にしといてくれない?」
少し焦りの入った声色に、これからの展開を想像して笑みがこぼれる。
「…残念ね~。もう知らせちゃった。」
3秒後に勢いよくドアを突き破ってきたいつもの面々(+シュヴァーン隊の泣きっ面)に、これから始まるであろうお説教タイムを直感したのか、男の顔は真っ青になった。
…その青い顔のどこかに、喜びの色が見えたのは、多分アタシの気のせいじゃない。